Sunday, April 23, 2017

漫画からかわりゆく本のかたち

http://blogos.com/article/219372/ https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20170416-00069968/ (どちらも同じ内容・blogosのほうがグラフなどのデータが有る) 『あの時代はマンガにエネルギーがありましたよね。確かに今は少子化とかデジタルどうのこうのという厳しい環境はあるのですが、でもそれは外部的要因に過ぎないのじゃないか。マンガが力を持っていた頃は雑誌の連載自体にライブ感、読者の反響があって作家がそれに引っ張られて描くといういい意味での双方向性があったと思います。』 「作品の力といったことでは、ちばてつやさんやあだち充さんらの時代の方が高かったのではないのか、というのだ。でもそれは裏を返せば、今の時代は、従来の作品力だけでない要素が加わっているということでもある。」 割と本気で面白いことだと思う。ただ、「本はどうなる、出版はどうなる」なんて20年前から言われていたことだろうに。 90年代のおわり、00年代のはじめころになんか曲がり角なり分かれ道みたいなものがあって、その結果が今あらわれてきているような。 もしかしたら、第3のグーテンベルクが生まれているのかもしれない。

Friday, August 05, 2016

本の形と本屋のあり方

twitterでも書いたんだけど、こっちにも残しておきたくて。 その場で製本するパリの本屋 在庫ゼロの新しい書店のカタチ 本屋が生き残るにはこの形しかないよね、というのは日本でも結構前から言われていたけど、まだ本格的に実現してはいなかった。だからすごく興味がある。 以前もこんな記事が気になって(こっちについてもtwitterで触れてた)、そしてこの記事にあるサービスが今現在の中林製本所のサイトからは消えていて(とはいえなんかまた興味深いことをやっているみたい)。 もう少し、行く末を見極めてみたい。

Saturday, June 04, 2016

書物、その自由なるもの

Wikipediaの「著作権延長法」の項目を見ていて、プロジェクト・グーテンベルクが頓挫してしまっていることを知った。 それから、本家公式でもちょっと触れられているけれど、TPPが回りだしたらやっぱり一悶着ありそうで。 本来作者とそして読者を守る仕組みだったはずなのに、なんともなぁ。 グーテンベルクの印刷技術による「書物の大量生産」という現象は、教会からの知識の解放をもたらした。 けれど、そのはじめの1冊は聖書だったというのが皮肉であって。 それに通じる因業めいたものをおぼえてしまったような気がする。 あとなんとなくこの過去の記事と関係があるような気がした。

Thursday, March 03, 2016

はじめてのコンピュータ

スマホやタブレットの普及に伴って、PCってものが家にない家庭ももうあるんじゃないかな、とも。
ICTやってて、キーボードに抵抗感、というか苦手感ある子供も見てきたし。

だからこういう記事は大切だと思う。

頼れるパパのための「子供のPCデビュー」講座
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/topic/feature/20160301_745898.html

個人的にはこれが超ツボ。さっそく買ってみた。
http://smileboom.com/special/ptcm3/

まぁ買うだけ買って満足して放置気味なのまで含めて予想通り。

本の霊力

http://blog.livedoor.jp/hideorin/archives/25144618.html

「本の霊力」という言葉の響きが気に入った。
情報サービス業とは違うはずなんだよな、出版も書店も。

そんな霊力が最後まで残るのは、結構コミケみたいなところじゃないかと思っている。
最後は残り香のようなものになるかもしれないけど。

Tuesday, March 31, 2015

本でも新聞でも雑誌でもなく

3月29日の投稿に関連して。
そういえばテレビってもんがあったね。この記事読んで思い出した。 http://blogos.com/article/109072/

より露骨に凋落が始まっている。 なまじっか図体が大きく、なまじっか大がかりなシステムを構築しちゃっているから、方向転換が難しいんじゃないかな。 まさに大きくなりすぎてほろんだ恐竜のように。

Sunday, March 29, 2015

ほんのかたち・みらいのかたち(2015年になっても)

なんとも同じ話を10年くらいループさせている気がするけれどつまり10年前に自分が感じた「本」ないし「出版」あるいは「編集」というものに対する違和感というかは間違っていなかったんだとな、とか。 http://blogos.com/article/108908/